写真集「PERSONAL WORK」を自費出版してから3年がたちました。「そろそろ次の写真集を」と考え、制作レポートを読み返していました。
改めて、自分自身の言葉で、振り返ってみたいと思います。写真の選定から印刷・製本、そして届けるところまで、工程ごとに書いていきます。自分で本を作りたい人や、本が好きな人にとって、何かのきっかけになればと思います。

写真集を作り始めるきっかけ
自分が写真を撮り始めたのは2010年のこと。最初は仕事ではなく、個人的な趣味として撮っていました。その後、仕事の依頼がくるようになり、軸足を商業写真に移しました。
その間、「写真集を作りたい」と漠然としたアイデアはありつつ、後回しの状態が続いていました。商業写真の仕事が忙しいと、自分自身のプロジェクトは後回しになりがちです。

実際に制作に進んだきっかけはプリントでした。
ある日、数年前に買って埃をかぶっていたエプソンのインクジェットプリンターを起動させ、自分のお気に入りの写真を何枚か印刷してみました。
写真と写真を並べているうちに、「あの写真もプリントしよう」「この隣にはあの写真を」と、だんだん気分が乗ってきました。そして、それらを自宅の床に並べていきました。

それから数日間、写真を何度も並べ替え、眺め続けました。そうするうちに、写真集がどんなものになるのかが見えてきたのです。
パソコンやスマートフォンの画面上では、このようなことはできません。プリントを手に取り、紙の感触を確かめながら、写真同士が繋がり合っていく様子を観察しました。

「自分がつくった写真集を、最後まで自分の手で読者に届けたい」。2023年2月にソーシャルメディアで写真集制作を宣言しました。後戻りできないようにするためでした。
写真の取捨選択
写真集の候補として選んだ写真は500枚以上ありました。10年以上、写真を撮ってきたので、思い入れのある写真はたくさんあります。
Adobe InDesignでページを組み始めました。自分はデザイナーではありません。InDesignを本格的に使うのも、このときが初めて。それでも、写真集の本文構成とデザインは自分で行うことにしました。表紙や裏表紙も含めて、自分で作りました。


作業をしていると、ページとページの間をつなぐ写真が足りないことに気づきます。主役のような写真だけを並べると、読む側の視線が休まりません。
一枚で成立する写真と、ページを進めるために必要な写真は違います。見開きで隣り合う写真、前後に来る写真、色、光、影、距離。そうした関係を見ながら、全体の流れを作っていく必要がありました。
この気づきは、その後の撮り方にも影響しました。写真集を作ることは、過去の写真をまとめる作業であると同時に、これから撮る写真の見方を変える作業でもありました。
500枚以上あった候補を削っていき、最終的に掲載した写真は148カットになりました。

印刷会社に連絡する
写真集のデザインを進めながら、以前からリサーチしていた印刷会社に連絡を取りました。
連絡したのは、長野県松本市に本社のある藤原印刷でした。正直なところ、メールを送るという行為が苦手です。初めてのコンタクトとなると、なおさらです。「はじめまして。東京で写真家として活動している保井崇志と申します。」この出だしを書くのにも時間がかかりました。
藤原さんの返信は早かったです。打ち合わせの予定もすぐに決まり、神保町の藤原印刷東京支社で初めての打ち合わせをしました。1時間ほどの予定が、気づけば2時間近くになっていました。

自費出版で写真集を作る場合、印刷会社とのやり取りが本の出来を大きく左右します。出版社が間に入らないので、編集者も、販売担当もいません。どんな本にしたいのか、どのくらいの部数を刷るのか、どんな紙を使うのか、どこに予算をかけるのか。全てを自分で決めなければなりません。

最初の打ち合わせで話した内容は、かなり具体的でした。判型について、用紙について、ページ数、カット数、部数、納期。すべての写真を色校正すること。印刷にも立ち会うこと。
情報量の多い打ち合わせの後、放心状態で帰途につきました。電車に揺られながら「本当に写真集を作るんだ」と、まだ信じられないような、夢の中にいるような気持ちでした。

仕様を決める
「PERSONAL WORK」の判型は、縦210mm、横210mmに決まりました。ページ数は192ページ。写真は148カット。製本はハードカバー。本文用紙にはOKウルトラアクアサテン、表紙にはNTラシャを選びました。
この判型は、自分が何度も手に取っていた写真集のサイズ感がもとになっています。ソール・ライターの「Early Color」でした。

紙については、藤原印刷の藤原さんと相談しながら決めました。本文用紙に選んだOKウルトラアクアサテンは、写真の黒をしっかり出せる紙でした。白色度が高く、少し青みを感じる紙でもあります。自分の写真は暗部が多いです。黒の見え方を紙の上でどう再現するかは、この写真集にとって大事なポイントでした。
写真集は、写真だけでできているわけではありません。紙、サイズ、重さ、開きやすさ、表紙の質感。そうした要素のすべてが、読者が本を手に取る体験につながっています。
束見本を見る
印刷の前に、束見本が作られました。束見本とは、本番と同じ紙と製本方法で作られた、印刷されていない本のサンプルのことです。写真は入っていません。けれど、実際に手に持つと、これから作ろうとしている本の重さや厚みが分かります。

この束見本を手に取ったとき、写真集が急速に現実のものになりました。束見本は、まぎれもなく本でした。その段階で、紙の厚みや開き方、表紙の質感を確認していきました。
紙は厚ければ良いわけではありません。厚すぎると開きにくくなります。製本の方法や糊の付け方によっても、ページをめくる感覚は変わります。
この白紙のページに自分の写真が印刷されるのを想像して、抑えきれない高揚を感じました。
色見本を作る
次に必要だったのが、色見本でした。写真集に掲載する148カットの写真を、自宅のインクジェットプリンターでプリントしました。

これは、印刷会社が色を合わせるための基準になるものです。
デジタル写真は、画面の中ではRGBで見ています。印刷ではCMYKになります。モニターの光で見る写真と、紙にインクで刷られた写真は同じではありません。さらに、家庭用や業務用のインクジェットプリントと、オフセット印刷も違います。
それでも、基準がなければ色は決められません。自分がどのような黒を求めているのか。色の温度、バランスなどを、写真ごとに紙の上で示す必要がありました。
初期段階でプリントした写真よりも、追い込んでプリントします。この作業は大変でした。全行程を通じて、一番苦労したかもしれません。
思うように色が出ない写真は、何度もプリントをやり直しました。最終的にプリントした枚数は、掲載点数よりずっと多くなりました。プリンターをここまで連続で動かしたことはありませんでした。インクもかなりの速度で減っていきました。

インクがなくなると、家電量販店へ買いに行きました。色を正確に見るためにカーテンを閉め切った部屋で何時間も作業していたので、外に出ると突然、太陽光が空気ごと押し寄せてきました。
昼食に入ったラーメン屋で、隣に座った知らない人に「自分、いま写真集を作ってるんです」と話しかけたくなりました。よくわからない精神状態でした。
プリンティング・ディレクターの仕事
2023年5月の半ば、色校正のために長野県松本市へ向かいました。新宿駅から特急あずさで約3時間。ずっと車窓を眺めていました。

色校正とは、試し刷りをしたものを色見本と比べ、色が適切かどうかを確認していく作業のことです。色校正にはいくつかの方法があります。今回選んだのは、本番と同じ印刷機と紙を使う本機本紙校正でした。簡単に言えば一番コストのかかる方法です。

写真集では、すべてのページを本機本紙校正することは珍しいそうです。多くの場合は、重要なページだけを確認し、残りは印刷会社に任せることになります。けれど、自分はそこにも責任を持ちたかったのです。
松本の工場で、校正刷りと色見本を並べて確認していきます。ここで中心になったのが、藤原印刷のプリンティング・ディレクターである花岡さんでした。

プリンティング・ディレクターという仕事を、自分はそれまでよく知りませんでした。写真集制作において、その役割はとても大きいです。紙と写真の相性や、印刷機の特性など、すべてを理解したうえで、データ補正と製版の方向を決めていくのです。
まず花岡さんが写真を見て、何を感じたかを話してくれます。そこから、自分がその写真で何を大事にしているのかを伝えます。今回の写真集では、徹底して「黒」と「暗部」について会話を重ねました。
写真の暗部をどう扱うかは、この写真集の大きなテーマでした。黒をただ濃くすればいいわけではありません。暗くしすぎると、ディテールが潰れます。逆に明るいと、自分の写真にある湿度や重さが抜けてしまいます。

花岡さんは、製版の段階で暗部をどこまで追い込み、印刷時のインキ量でどこまで調整するかを考えていました。最初の校正刷りは、あえて余地を残した状態で出されていました。そこから、どこまで黒を沈めるかを一緒に決めていきます。
画面の中で見ていた写真を、紙の上にどう移すか。その作業には、感覚だけではなく技術が必要でした。

表紙とタイトルを決める
表紙には、赤い傘の写真を使いました。表紙全体に写真を印刷するのではなく、題箋貼りという方法を選びました。表紙に四角く凹んだ加工を入れ、そこに別で印刷した写真を貼り込みます。額装された写真のように見える方法でした。

タイトルはその時点で「PERSONAL WORK」に決まりました。
特別な言葉ではありません。むしろ一般名詞に近いです。けれど、自分にはそれが合っていると思いました。個人的な仕事。そのままの言葉でよかったのです。
背表紙には黒い箔押しを入れました。表紙の紙はマットな質感だったので、指紋が付きやすいという問題もありました。そのため、ニス引き加工を加えることになりました。
表紙は、本を閉じているときに最初に見えるものです。けれど、それだけではありません。手に持ったときの質感、棚に置いたときの背、開く前の気配。そうしたものも含めて、写真集の一部になります。
表紙の校正では、箔押しのツヤあり・なし、ニスあり・なしの組み合わせも確認しました。最終的には、ニスあり、箔押しはツヤなしを選びました。落ち着いた質感を残したかったからです。

印刷立会
色校正から2週間後、再び松本市に向かいました。色校正が終わり、いよいよ印刷立会です。
期間は2日間。プリンティング・ディレクターの花岡さん、印刷機長の内山さんと一緒に、全ページ分の印刷を確認していきました。

印刷立会では、まずテスト印刷をします。それを確認し、必要があれば調整します。OKを出したら本番印刷へ進みます。次の面に移り、またテスト印刷をします。「PERSONAL WORK」では、12台24面分の確認を行いました。

印刷機は今まで見たことのない大きさでした。紙が機械に吸い込まれ、K、C、M、Yの順でインキが刷り重ねられ、反対側から出てきます。

印刷機の横には、インキの流量を確認するモニターがありました。内山さんはそれを見ながら、細かくインキ量を調整していきます。本番印刷中も、定期的に刷り上がった紙を抜き取り、色のブレがないかを確認していました。

写真集の印刷は、データを渡して終わりではありませんでした。「PERSONAL WORK」の印刷で重要だったのは、黒の扱いでした。
花岡さんによれば、CMYK各色の最大インキ量は100%なので、合計400%が印刷で最も濃度の高い黒になります。ただし、インキを盛れば盛るほど、暗部のディテールは潰れやすくなります。

校正刷りの段階では、最暗部のインキ量を340%で製版していました。本刷りでは、それを370%まで上げました。ここまで濃度を上げることは、通常の仕事では珍しいそうです。OKウルトラアクアサテンという紙を選んでいたからこそ、そこまで攻めることができました。
この話を聞いたとき、紙を選ぶことと色を作ることがつながっているのだと分かりました。紙の特性によって、できることとできないことが変わります。暗部をどこまで沈められるか。インキをどこまで受け止められるか。黒の中にディテールを残せるか。

自分が求めていた黒は、データだけでは作れませんでした。紙と印刷機と、人の判断によって、ようやく紙の上に現れていきました。
印刷立会では、確認が終わるたびにOKサインを書きました。

もちろん、すべてを自分だけで判断できたわけではありません。むしろ、印刷の専門家の力を借りなければ、ここまで来ることはできませんでした。けれど最終的に、どの方向にしたいのかを決めるのは自分でした。
2日目の夕方、最後の1枚にOKサインを書きました。これで印刷立会は終わりました。印刷された紙は、次に製本会社へ渡されます。ここから、紙の束が本になっていきます。

製本工場へ
印刷立会から、さらに2週間後。三度目の長野県に向かい、今度は、製本工場に足を運びました。
本文を束ね、表紙と合わせ、糊付けし、本の形にしていきます。製本は工程ごとに専門の会社が分かれます。今回は、渋谷文泉閣が糊付け、ダンクセキが箔押しと題箋貼りを担いました。
渋谷文泉閣では、本文と表紙が糊付けされる工程を見ました。本文だけの状態の本は、まだ心許なく見えます。それが表紙と合わさり、ベルトコンベアを流れていくことで、ようやく一冊の本になります。
ダンクセキでは、箔押しの工程を見ました。背表紙に「PERSONAL WORK」の文字が、機械を通った瞬間に立ち上がります。重版する場合に繰り返し使う凸版の型も見せてもらいました。

最後の工程が、題箋貼りでした。空押しした凹みに、別で印刷した赤い傘の写真を一枚ずつ貼っていきます。ここは手作業でした。これだけ機械化された工程を経たあと、最後に人の手で写真が貼られます。そのことが印象に残っています。

製本の工程を見ると、写真集が工業製品でもあることが分かります。
写真家にとって、写真集は作品集であり、自分の写真をまとめたものです。同時にそれは、紙を切り、折り、束ね、貼り、包むことで作られる物でもあります。そこには多くの人の作業があります。
撮影しているとき、自分は写真だけのことを考えます。けれど写真集になると、写真を物にするための工程があり、それぞれに専門家がいます。
写真集は、写真家だけでは作れない。そのことを実感したのは、自分にとって大きな経験でした。

梱包と発送
写真集を売るには、梱包と発送も必要になります。
これも、作る前にはあまり実感できていなかったことでした。写真集は重いため、衝撃で傷がつきやすいです。水濡れも避けなければなりません。1冊で送る場合と、複数冊で送る場合では、必要な箱も変わります。
最終的には、1冊用にはN式の額縁タイプの箱を使い、複数冊用にはA式の箱を使うことにしました。緩衝材も含めて、実際にサンプルを取り寄せながら確認しました。

発送は自宅から行うのではなく、倉庫と連携する形にしました。注文が入ると、発送システムと連携し、倉庫から出荷されます。写真集を作ることは、制作だけでは終わりません。保管する場所、注文を受ける仕組み、発送する仕組みまで含めて考える必要がありました。
いよいよ販売
2023年7月、約半年の制作期間を経て、写真集の販売を始めました。印象に残っているのは、売れ方のリズムです。最初の3ヶ月は嵐のような期間でした。事前に制作過程を共有していたこともあり、約1,000冊が売れました。
制作費を回収できるラインは1,000冊でした。3ヶ月間で達成できて、正直ほっとしました。何より嬉しかったのが、Instagramのストーリーズで、世界中の人からの購入報告が届いたことです。




日本以外では、発送が多い国からアメリカ、台湾、シンガポール、イギリス、中国、フランス、オーストラリアなど、30カ国に届けました。
購入報告は、今でもInstagramのストーリーズハイライトに残しています。
昨年から、アメリカ向けには、関税の影響で発送できない期間があったものの、現在は発送を再開しています。

振り返って思うこと
「PERSONAL WORK」を制作すること自体が、PERSONAL WORKだったと思います。そして、自分で製品を作って読者に届けるまでの仕組みをつくる経験でもありました。
自費出版の良さは、なんといっても写真のセレクトから発送までのすべてを自分で決められることです。
写真集はいまも売れ続けています。オンラインのみで、基本的にキャンペーンなし。購入してくださる方は、自分のInstagramやホームページから、ショップサイトに辿り着き、制作ドキュメントなどを見てから買ってくれるのだと想像しています。
商業出版であれば、ゆるやかに売れ続ける写真集は、見切りをつけて裁断されてしまうかもしれません。そしてめったに増刷もされません。写真集が好きな人は「在庫切れ」の表示をよく見ることに共感してもらえるはずです。
一方、自費出版の場合は、好きなだけ販売を続けることができます。3年たっても注文が入り続けるこのリズムは、会話をしていないのに、その人と通じ合ったような感覚で、とても気に入っています。

情報やコミュニケーションの多くがオンラインに移行した今でも、印刷された本を作り、それを誰かに届けるということは、特別なことなのです。
とはいえ、自分もまだ一冊しか出していません。自分の仕事を残していくため、写真集を作り続けます。
「PERSONAL WORK」では純粋に写真だけで構成される写真集だったので、写真と文章で構成された本も作りたいと考えています。
次の本も、まずはプリントすることから始めてみよう。

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(写真:保井崇志 井上修平 市川渚)